<恵比寿屋喜兵衛>

〇江戸の馬喰町(ばくろうちょう)に有る「恵比寿屋」は、
 地方から江戸に上って来るお客を泊める、
 「旅人宿」と呼ばれる旅籠屋(はたごや=旅館)の老舗で、
〇「恵比寿屋」の主人である「喜兵衛」は、
 旅籠屋の主人であると同時に、
 「公事訴訟事(くじそしょうごと)=裁判」を手助けする仕事をしており、
 地方の者が訴えたり訴えられたりして、
 江戸の奉行所で裁きを受けなければならなくなった時の、
 書類作りや裁判の付き添い、手助けをしている。
〇「喜兵衛」は仕事熱心で、学習意欲も高く、
 今までの公事訴訟(裁判)を調べたり書き写したりして力を付け、
  ”「恵比寿屋喜兵衛」は公事訴訟に強い。”
 との高い評判を集めるほどになっていて、
 「喜兵衛」の助けを借りる為に、「恵比寿屋」に泊まるお客も
 増えるほどだった。

〇仲の悪い「旅人宿」と「百姓宿」だが、
 「百姓宿」の1つ「大津屋」の若主人は、
 人柄も良くて、親切で、「旅人宿」「百姓宿」の隔てなく接するので、
 若い連中から慕われ、「恵比寿屋喜兵衛」も、「大津屋」に通った。
〇そして、その妹「絹」と親しくなり、結婚を誓い合うようになった。
 睨み合う「旅人宿」と「百姓宿」なので、両家の両親は反対したが、
 「絹」の実兄である「大津屋」の若旦那が取り持って、親たちを納得させ、
 「喜兵衛」と「絹」は結婚した。
〇祝言は盛大で、「旅人宿」「百姓宿」の主人などが100人ほどが集まり、
 ”これで、「旅人宿」と「百姓宿」は仲直り出来る”
 と喜ぶ古老もいたほどだった。

〇「喜兵衛」と「絹」の間には、
 息子の「重吉」と娘の「糸」が生まれた。
〇しかし、「絹」の実兄が、結婚式の6年ほど後に、伝染病で死に、
 「絹」も我儘が出始め、「喜兵衛」との仲も悪くなる。
〇そして、「絹」は病を患い、殆ど寝た切りになってしまう。
〇そんな夫婦の様子を観た知人が世話をして、
 「喜兵衛」は「妾(めかけ)=2号=愛人」を、
 深川に囲うようになり、男の子も生まれるのだった。

〇また、息子「重吉」は、「公事訴訟」に大切な文章力と興味が無く、
 家を飛び出して、錠前屋の職人になり、そこの姪と結婚してしまった。
〇娘「糸」は、博打(バクチ=ギャンブル)ばかりしているヤクザ者に騙され、
 「喜兵衛」たちの反対を押し切って結婚し、
 僅かなお金も夫に巻き上げられ、
 古着を着て暮らすような、貧しい生活を送るようになっていた。