<第7話 行方(ゆくえ)>

 「行方」とは、
・行った先、行った方向、
・今後の成り行き、将来、前途、
の意味が有る。

 この小説では・・・。



1)「安西久子」の来訪
・3月。
 「修一」が刑務所を出てから、ほぼ一年が経つ頃。
・「安西久子」が、「修一」が泊っている「旅館いたみ」に訪ねて来て、
  〇ここは、以前、「三沢玲子」に教えられた。
  〇母の知人の紹介で、見合いをした。
    相手は、親が遺した文房具店を営む「久能次郎」で、36歳。
  〇あってみたら本当に良い人で、お茶を飲む付き合いを始め、
    あなたとはどうにもならないし、
    「久能次郎」と結婚しても良いかな、と思い始めていた。
 と言う。

2)双子の兄「新一朗」の存在
・しかし、三週間前、5回目のデートで、「久能」が来た時、
 他の人なら分からなかったと思うけど、私にはすぐに分かった。
 双子で、顔も姿形もそっくり。声も喋り方も似ていた。
 でも、丸っ切りの別の人。
・あなたも啓ちゃんとしたことが有ったよね。
 髪形とか服とか入れ替えて、何度も私を騙そうとした。
・私、腹が立って、悔しくて許せなかった。
  「もう、お付き合いは止します。久能さんにそう伝えてください」
 と言った。
・兄の「久能新一郎」は、平謝りし、
  「自分が、次郎に無理を言って来てしまった。」
  「次郎は、あなたのことを凄く気に入っている。結婚したがっている。」
 と言ったが、「久子」は店を出た。
・すると、「新一朗」は、店の前で土下座した。
 「久子」が駆け出すと、「新一朗」は、
  「このアマ、次郎をコケにしたら、ただじゃすまさねえぞ!」
 と、血走った目で怒鳴り、「久子」は怖くなった。
・夜、「久能次郎」に電話すると、
  〇兄「新一朗」に
     ”そんなに気に入っているなら、顔だけでも見させろ”
    と強引に言われ、断り切れなかった。
  〇「新一朗」は、オートバイの自損事故で首を痛め、
    後遺症で悩む内、酒とギャンブルにおぼれ、
    怪しげな不動産屋と付き合うようになったりした。
  〇一昨年に家を出て行き、時折帰って来て、金を無心する。
    金が無いと言うと、
     ”店を売り払い、半分よこせ。”
    と凄む。
 などと、洗いざらし、事情を話した。
・「久子」が、
  「もう二度と会わない。」
 と伝えると、「次郎」は、
  「考え直してほしい。」
  「兄とは縁を切る。」
 と言ったが、「久子」は、
  「縁が無かったんです。悪く思わないでください。」
 と電話を切った。
と、今までのことを「修一」に伝えた。

3)ストーカーの始まり
・次の日から、毎日、仕事からアパートに戻ると、
  「弟と結婚しろ。さもないと、酷い目にあわすぞ。」
 と電話が掛かるようになった。
・そこで、「久能次郎」の文房具店を訪ね、電話のことを話したら、
 凄く怒って、
  「兄貴を探して、絶対に止めさせる。」
 と言ってくれた。
・しかし、脅迫電話は止まず、電話に出ないようにしたら、
  〇郵便受けに、「死ね。」「アバズレ。」などのかみが入れられる。
  〇アパートの部屋に直接来て、
    「次郎とヨリを戻せ。」
    と大声で怒鳴るので、近所の人に助けてもらった。
  〇実家に身を寄せたら、実家の最寄り駅に姿を現した。
 など、ストーカー行為がエスカレートする一方だった。

4)旅館への放火
・「久子」の話を聞いている時、旅館の女将(おかみ)が来て、
  「泊って行くのか?」
 と確認するのに、「修一」は、
  「もう一部屋、用意してくれ。」
 と3千円を渡す。
・それに対して、「久子」は、
  「一緒じゃダメ?」
  「だって、怖いよ。」
 と、十代の頃の口ぶりで聞く。
 そして、コートを脱ぎ、部屋の灯りを落として、豆電球の灯りだけにした。
・「久子」の指が「修一」に触れた時、物が燃える音と臭いに気付く。
 「修一」は、自分の迂闊さに舌打ちする。
 「久子」が、”付けられている”と言った時、刑事だと決め付けたからだ。
・階段は炎に包まれ、非常階段は、網戸や洗濯機が邪魔で通れない。
 「修一」は、2階の窓から、アスファルトの上に飛び降りた。そして、「久子」に、
  「飛べ!」
 と声を掛け、「久子」は落ちるように飛び降りる。
・「久子」を受け止めたが、重さで尻餅をつき、背後に倒れ込んだ。
 「修一」の首にしがみ付いた「久子」は、「修一」の胸に顔をうずめ、
 十代の頃の声で、
  「やった!」
 とつぶやいた。

5)その夜
・焼け出された後、「修一」は、「久子」を連れ、ラブホテルで寝る。
 「久子」を抱かなかったが、「久子」は、
  〇安らかな表情を見せ、
  〇朝まで「修一」の胸から顔を離さず、まどろみ、薄目を開け、
    またまどろんで、微かにえくぼを覗かせた。
 のである。
・二人の様子を見ていた「啓二」は、「修一」に、
  「足を洗う絶好のチャンスだよ。」
  「親を恨んで、最低の泥棒生活なんかしてないで。」
  「元を正せば、俺が泥棒なんかやらかして、
   親父とお袋を死なせたっていうのにさ。」
 と、「修一」を説得しようとする。
 それに対して、「修一」は、
  「ふざけたことを言うな。
   世間体を気にしたお袋が、お前を殺したんだ。」
 と言い返す。
 すると、「啓二」は、
  「そうじゃないってば。」
 と言う。
 「修一」は、
  「啓二、お前は、お袋さんが憎くないのか。
   お前は、たったの19歳だったんだぞ。」
 と言うのに対して、「啓二」は、再び、
  「違うんだよ。
   言ったら、久子と一緒になる?」
   俺は、いつ消えても良いと思っている。」
 と言う。
 「修一」は、
  「なぜ、消える必要がある?
   ずっと居れば良いだろう。」
 と語り、話は中断する。

6)「久能次郎」との面談
・「修一」は、「久能次郎」が営んでいる文房具店を訪ね、
 「次郎」と面談する。
 長身で、瓜実顔の、如何にも人の好さそうな男だった。
・「次郎」は、
  〇兄「新一朗」の行方は分からない。
  〇携帯電話の番号も変えたようで、繋がらない。
  〇「安西久子」を追い回すのは止めろと言ったが、
    聞く耳を持たない感じだった。
  〇木梨と言う不動産屋が、兄を悪い方に引きずり込んだ。
  〇商売にならないので、店を畳む。
  〇「安西久子」のことは諦める。
    双子と言うのは、何でも二人ともが気に入らないと、
    本当に気に入ったことにならない。
    今では、心のどこかに、久子さんを憎む気持ちが生まれたよう。
 などと、「修一」に伝える。

7)「久能新一朗」の行方
・「久能新一朗」の行方をつかまなければ、「久子」の安全は守られない。
・「修一」は、先ず、「新一朗」が働いていたことの有る自動車整備工場に行った。
 しかし、社長の「熊野」は、
  〇ハーレーを自分で組み立てられるとか言ってたが、
    口先だけで使い物にならなかったので、追い出した。
  〇一か月前に顔を出したが、追い返した。
  〇年増のキャバクラ女と一緒に住んでたらしいが、
    今は一緒に居ないと言うようなことを言っていた。
  〇地面師の「木梨」の所にでも泣きついているんじゃないか?
 と教えてくれた。

8)「啓二」の気持ち
・「啓二」は、
  〇「修兄ィは、朝も昼も食ってない。
     飯を食ってないことに気付かないほど、久子のことに夢中だ。」
  〇「今までの修兄ィなら、当然しても良いことでもしなかった。
     今回は、隠れ家まで探してやった。」
  〇「俺さ、すっごく嬉しくて…。」
 と、気持ちを伝える。

9)「久能新一朗」探しの交渉
・「修一」は、雁谷署にに行き、
  刑事一課盗犯課係長「馬淵」の所に行き、
   ”木梨の居場所を知りたい。”
  と頼む。
 それに対して、「馬淵」は、
   ”三郷署の二課に引っ張られて(逮捕されて)、
    三郷署の留置場に入れられている。”
 と答える。
・すると、「修一」は、「馬淵」に、
   ”木梨に携帯を渡して、俺と喋らせろ。”
 と言う。
 「馬淵」は、
   ”マル被(被疑者)に携帯を使わせるには、
    代わりに、よほどの上ネタを貰わなきゃ割が合わない。”
 と拒否する。
 それに対して、「修一」は、
   ”来月は、盗犯月間で成績を上げたいだろう。
    3つ4つ背負ってやっても良い。
     (自分の犯行を自供しても良い。)」
 と伝え、「馬淵」は、その魅力に動かされ、
 「三郷署」の留置場にいる「木梨」と「修一」を喋らせる。
・携帯電話に出た「木梨」は、
  〇久能新一朗は、女のアパートに、一人で居る。
  〇女がホストに溺れて、ホストのマンションに行ってしまった。
  〇一か月前から、女のアパートで独身生活だ。
 などと教えてくれ、住所も教えてくれた。
・携帯電話を「馬淵」に返すと、「馬淵」は、
   ”来月、調べ室で待ってるぜ。
 と、醜く笑った。 

11)「久能新一朗」との対決
・「木梨」から聞いた、「久能新一朗」の女のアパートに行くと、
  〇ドアは、鍵が掛かってなくて、
  〇排水管から、どぶ臭い臭いがするし、
  〇留守電の赤いランプが点滅していて、
 人の住んでいる気配がしなかった。
・それを見て、「修一」は、全てのからくりを理解した。
・「修一」は、「久能次郎」が経営する文房具店に侵入し、
 寝ていた男を叩き起こし、
   ”やっと見つけたぜ、久能新一朗”
 と呼び掛ける。
 それに対して、「新一朗」は、
   ”私は、弟です。次郎です。”
 と反論する。
・「修一」は、
  〇お前は、「新一朗」の女のアパートに電話したけど、
    誰も出なかったと言った。
    その時、なぜ、留守電にメッセージを入れなかった?
     (女のアパートに侵入した時、留守電のランプが点滅していたが、
      それは、久能次郎なら残しただろうメッセージではなかったから)
  〇なぜ、熊野の工場へ兄を捜しに行かなかった?
    「次郎」なら、一番最初に探しに行く場所のはずだ。
 と追及すると、「次郎」だと言い張る「新一朗」は、
  ”メッセージを残せば良かった。気が回らなかった。”
  ”熊野と言う人も、工場も知りませんから。”
 と答えた。
 しかし、一か月前に「新一朗」が「熊野」の工場に来た時、
 小銭入れを忘れて帰ったので、「熊野」の妻が、「次郎」に電話し、
 「次郎」が工場に取りに来ていた事実が有り、
 「次郎」が工場の場所や「熊野」のことを知らないと言うことが無いのだ。
・「安西久子」が文房具店を訪ねた時は、「次郎」だったが、
 その後に「新一朗」が「次郎」を訪ねて来て、
 説教する「次郎」とと口論になった時、「新一朗」が「次郎」を殺し、
 「次郎」に成りすまし、店を売ったりしようとしていたのだろう。
・隙を見て反撃しようとした「新一朗」を抑え込み、ドライバーを振り下ろし、
 「新一朗」の耳たぶを畳に、貫いた。そして、
  ”覚えとけ。俺はいつだって、お前の寝顔を見に来れるんだ。”
 と言った。

12)「啓二」の告白
・「新一朗」の元を離れ、駅に着いた時、「啓二」が、
  ”「久子」のとこだよね。”
  ”きっと起きて待ってるよ”
 と言う。
・そして、いつになく静かに、
  〇お袋が、俺と無理心中しようとした時、
    お袋の力は、物凄く強かった。身動きが出来なかった。
  〇火が近付いて来て、熱くて、怖くて、
    ”助けて、助けて。”
    て叫んだ。
  〇そしたら、お袋の腕が緩んだ。
    だから、逃げようと思えば、本当は逃げられたんだ。
  〇でも、逃げなかった。お袋が泣いてたから。
    泣きながら、”逃げろ、早く逃げろって。”
    俺、本当にお袋を悲しませたんだと分かって、逃げなかった。
    俺、お袋の所に戻ったんだ。
 と、今まで言えなかったことを打ち明けた。
・「修一」が、
   ”何で今まで言わなかったんだ”
 と問いただすと、「啓二」は、
   ”修兄ィと一緒にいたかったからさ。話したら一緒にいられなくなるもん。”
 と答える。
   ”なぜ話したら一緒にいられなくなるんだ?”
 と聞き返す「修一」に、「啓二」は、
   ”楽しかったね。”
   ”俺、修兄ィも久子も大好きだから。”
 と言って、「修一」の問いには答えない。
・しかし、「修一」には分かった。
  〇真実を話したら、
    今まで、無理心中で弟を奪った母を恨んでいた「修一」が、
    逆に、「啓二」が死の形で母親を奪ったと、恨むから。
  〇双子で自分と瓜二つなのに、自分ではない弟を、
    母が、深く、狂おしく愛していたと知って、「修一」が傷付くから。
 と、「啓二」が心配していたことを。
・しかし、「修一」は、断じた。
  ”違う。”
 そして、
  ”啓二”
 と呼び掛けた。また、呼んだ。また、呼んだ。
 すると、声が聞こえた。微かに。だが、確かに。
 しかし、その声は、いつもの耳の中ではなかった。


 「修一」の耳の中に住み、常に「修一」と会話していた「啓二」は、
・「修一」が作り出した幻聴だろうか、
・二重人格だろうか、
・それとも、双子ゆえに、「啓二」の魂が残っていたのだろうか、
それは分からないし、追及すべきことでもないだろう。

 「修一」は、「久子」と暮らすのだろう。
 それを確信して、「修一」の中から、「啓二」は離れて行った。


 ただ、刑事一課盗犯係長「馬淵」との約束が有るので、
「修一」は、刑務所に入ることになるだろう。
 しかし、今度は、心迷わすことなく、「久子」が待っていてくれる。

 ハッピーエンドだ。
 それが、心地良い。



 お義姉さん(かみさんの兄貴の奥さん)は読書家で、「横山秀夫」氏の作品のことも良く知っていて、
「ちょっと暗い作品が多いね。」
と言っていた。

 確かにそうかも知れない。
 辛い人生を歩む人のことが多く書かれているからね。

 しかし、それでも、前を向いて歩こうとする姿に、共感を覚えて、また読みたくなる作者である。
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