<第6話 遺言(ゆいごん)>

 「遺言」とは、
・自分の死後のために、財産の処置などを言い残すこと。
・ゆいごん、いごん、いげん、などの読み方が有るが、
 一般的には、「ゆいごん」が多く使われる。
そうな。



1)「黛明夫」の死
・2月。
・半年前に、暴力団「博慈会」の泥棒狩りで、ヤクザに襲われ、
 「硬膜下出血」の瀕死の重傷で入院していた「黛明夫」が、
  「真壁修一を呼んでくれ。」
 と言っていると聞き、病院に来たが、目の前で死んでしまった。
・駆け付けた経理担当の「綾瀬」が、
  「1円の医療費の支払いも受けていない。
   2百万円近く有るのに、誰に請求すれば良いんだ?」
 とぼやく。
・「修一」は、
  「これから黛明夫のアパートに行くが、あんたも来るか?
   金の隠し場所が有る。」
 と言うと、嬉々として、踊るような足で着いて来た。
・「随分と親切じゃん。」
 と「啓二」が言うのに、「修一」は、
 「鍵代わりだ」
 と答える。
 病院の人間を連れて行けば、大家も信用するからだ。

2)隠し金の発見
・「黛明夫」のアパートにに行って、大家に部屋を開けて見せてもらうと、
 「博慈会」のヤクザが、ビデオテープを探す為に荒らし回ったのだ。
・その様子を観て、「綾瀬」が、
  「ああ、ダメだ。」
 と叫ぶが、「修一」は、給湯口のゴミ取りキャップを外し、
 隠されていた100万円を見つけ出す。
・それを見た大家が、
 「家賃の22万5千円を貰いたい。」
 と言い出し、二人は金の取り合いを始める。
・それを見た「修一」は、「綾瀬」に、
 「家賃を払ってやれ。
  足りない分は、襲った奴から取れば良い。」
 と言い聞かせる。
・「修一」は、「黛明夫」が書き残していた「泥棒日記」を入手。
 これが狙いだったのだ。

3)「御影」との交渉
・「修一」は、「博慈会」のNo2である若頭の「御影」に会い、
  〇「御影」のテカ(手下)に襲われ、瀕死の重傷を負ってた
    泥棒の「黛明夫」が死んだ。
  〇医療費の1百22万5千円を、病院が欲しがっている。
    払ってやってほしい。
 と言う。
 「綾瀬」は、横でビビりまくっている。
・「御影」は、
  「お安い御用だが、少しばかり待てるか?」
  「5年か、あるいは10年か・・・」
 と揶揄うと、「修一」は、席を立つ。
・「御影」が、
  「帰るのか?」
 と尋ねると、「修一」は、
  「雁谷署に寄ってな。」
 と言う。
・「御影」は、
  「警察が動くと思うか?」
  「コソ泥が10人まとめて死のうが、
   連中(警察)は、定時に家に帰るだろう。」
 と嘯く。
 それに対して、「修一」は、
  「このビルをガサ入れするネタにはなる。
   チャカとシャブのノルマはきつい。
   県警本部から結果を出せと言われたら、
   真っ先に、黛明夫殺しで、ここのガサ入れ令状を取る。」
 と脅すと、「御影」は、手下に、1百22万5千円を持って来させる。
・「御影」は、
  「黛明夫は、お前のダチ公だったのか?」
 と聞くが、「修一」は、
  「一度会った切りだ。」
 と答える。
 「御影」が、
  「じゃあ、なぜ付け馬(借金取り立て)の片棒なんぞ担いだんだ?」
 と聞いて来るのに対して、「修一」は、
  「死なせた奴が、六文銭を持たせてやるのが筋だろう。」
 と答える。
 「御影」は、
  「お前、本当にウチに来る気はないか?」
 と聞いて来る。
・「修一」が帰ろうとする時、「御影」は、
  「命だけは、大切にしろよ。」
 と呼び掛ける。

4)「黛明夫」の父親捜し
・「修一」がやりたかったことが有る。
  それは、
   〇「黛明夫」の父親を捜し、
   〇息子が死んだことを伝えること。
 だった。
 「黛明夫」が、病院で言っていたうわ言を、
 医師が書き留めていたのだが、そこには、
  「父ちゃん、行っちゃやだよ、父ちゃんーーー。」
 の言葉が書かれていたからだ。
・そこで、「博慈会」からの帰りに、雁谷署に寄って、
 スリ専門の刑事「美濃部」に会って、
   〇「黛明夫」は、父親が50歳を過ぎて出来た子供、
   〇母親は、電車に飛び込んで自殺、
   〇「黛明夫」は、養護施設を出たり入ったりしてたらしい。
   〇「黛明夫」の父親は、「明夫」が泥棒デビューしたと同時に、
     蒸発して、行方不明だ。
   〇父親は、もう80歳近いだろう。
 などの情報を得る。
・雁谷署を出ると、「御影」の手下が尾行しているのに気付く。
 恐らく、「御影」は、
  「真壁修一が警察に垂れ込んだら、殺せ。」
 と手下に命令したのだろう。
・「御影」の手下は、
  「修一が黛明夫」の父親のことを聞きに雁谷署に入ったとは分からず、
   黛明夫殺しをタレ込んだと勘違いし、「修一」を殺そうとする。
・ピストルで撃たれそうになった「修一」は、逃げるが、追跡はしぶとく、
 わざと交番前で不審な行動をし、捕まり、
 雁谷署の留置場に入れられ、殺し屋の追跡を逃れる。
・同じ留置場に、「ゴールドフィンガー」と呼ばれる
 スリの達人「杉本克彦」が入っており、
 「杉本克彦」から、
   〇「黛明夫」の父親は「黛耕三郎」。
   〇植木屋と思われているが、スリの天才で、
     一度も捕まったことが無いので、警察もスリとは知らない。
   〇バクチ打ちの天才の懐を狙い、捕まって、
     右手の全ての指の関節を、金槌で潰された。
   〇それでスリを止め、植木屋になった。
   〇「黛耕三郎」は、脳梗塞を起こし、右半分がやられた。
 などを聞き出した。
・「修一」は、
   〇息子の「明夫」が、脳梗塞で体の不自由な父親「耕三郎」を、
    県北部のふたご岳に連れて行き、置き去りにして来た。
   〇何度も、自分が、養護施設でされたように。
     「明夫」は、それを恨んでいた。
 と推測する。

5)遺言
・「修一」は、雁谷署一課盗犯係長「馬淵」の計らいで、
 翌朝、釈放される。「馬淵」が恩を売って来たのだ。
・「修一」は、
  「県立老年病院ふたご岳荘」に行き、身元の分からない患者を聞く。
 すると、受付の若い女は、ぺらぺらと、
  〇名前も住所も名乗らないし、新聞記事にしてみたが、
    肉親や知人として名乗り出たのは皆無だったので、
    仮の名前として、「岳山一郎」と名付けられた。
  〇脳梗塞の後遺症に加え、最近は痴呆が進み、
    言葉を発することも無い。
 などと教えてくれた。
・看護婦に案内され、その患者に会うが、
  「人違いらしい。」
 と答えると、看護婦は肩を落としたが、
  「何かの縁でしょうから、少しいてあげてください。」
 と言う。
・「岳山一郎」は、ベッドで上半身を起こし、
 ほぼ左手1本で、折り紙の鶴を折っていた。
 看護婦が、
  「日課なんですよ。一日1羽ですけど。」
 と言うのを聞き、「修一」は、鶴の数を数えた。
 そして、
  「黛耕三郎だな?」
  「黛明夫が死んだ。」
 と耳元で伝え、病院を後にした。
・帰り道、耳の中で、「啓二」が、
  「俺、ホッとしたよ。親父さん、ボケちゃててさ。
   自分よりも先に、息子が死んだと知ったらショックだもんね。」
 と言う。
 それに対して、「修一」は、
  「明夫は、そうしたかったんだろう。
   親父に、最大の復讐をしたかったのだ。」
 と答える。
 しかし、「啓二」は、
  「そんなこと、ないって。とっくに許してたよ。
   明夫の書いてた泥棒日記に、病院の電話番号も書いてあったし。」
  「親父さんを山に捨てたのも、きっと悔やんでいたんだ。」
 と反論する。
・「修一」は、「啓二」に、
  「折り鶴は、幾つ有った?」
 と聞き、瞬時に全てのことを記憶出来る「啓二」は、
  〇タコ糸に吊るされた折り鶴が、各月を表す28羽や31羽毎の列で、
  〇92列有るのは92か月、
  〇2,700羽は、2,700日
 を表していることを理解する。
 「黛耕三郎」は、息子が迎えに来てくれるのを、待っていたのだ。
・それを知った「啓二」は、「修一」に、
  「何で、
    ”父ちゃん、行っちゃやだよ。父ちゃんーーー”
   と言う遺言を、教えてやらなかったんだよ。」
  「息子が死んだことだけ伝えて、そんなの残酷だろうが。」
 と、耳の中で、怒りまくる。
 それに対して、「修一」は、
  「俺は、恨んでいた方を取る。
   死んだことだけを知らせてほしかったのが、黛の遺言だ。」
 と、駅に向けて歩き出した。


 「修一」は、
  〇「黛明夫」は、自分を見捨ててた父親を恨みながら育ち、
  〇病院に入っている父親が、
    息子が迎えに来てくれるのを心待ちにしていることを知りながら、
  〇決して迎えに行くことはせず、
    先に死ぬことで、父親への復讐を果たした。
と考える。

 「啓二」は、
  〇息子「黛明夫」は、父親を許し、
  〇山に捨てたことも後悔している、
と考えている。


 一卵性双生児として生まれながら、
・常に冷静で、無感情な言動を取る「修一」、
・人間味溢れて、感情的な「啓二」、
の二人・・・。

 「安西久子」は、「修一」を選び、愛した。
 結果、「啓二」は自暴自棄になり犯罪を犯し、それを恥じた母親は、無理心中で、「啓二」と夫を死なせた。


 もしも、「安西久子」が「啓二」を選んでいたら、「修一」は、冷静にそれを受け入れ、司法試験の勉強に邁進し、裁判官か、検事か、弁護士かになっていただろう。

 「安西久子」が悪いわけでもないが、「久子」が「修一」を選んだ結果、
・「啓二」、父親、母親が死に、
・「修一」は泥棒の道に落ちた、
のである。

 人の人生を狂わすのだから、怖いねえ、女は。