<第3話 抱擁>


1)「久子」からの要望
・今日は、7月20日。
 半月前、久子が、新聞の「尋ね人」欄に、
 「修一さん、連絡下さい久子」
 の広告を出していたが、「修一」は帰らない。
・「修一」は、1軒だけ侵入し、2万3千円を盗んだ後、
 帰ろうとした時、県警本部の警邏隊のパトカーに、
 職務質問を受ける。
・午前4時に自転車で走っていることの不自然さと、
 金を財布にも入れず持っていることなどから、
 警邏隊員は、「修一」を疑う。
・住所や氏名を聞かれた時、自分の本名を名乗ると、
 警察のデータベースに犯罪歴が記録されているので、
 弟「啓二」の名前と、
 既に焼けて残っていない実家の住所などを伝え、
 何とか誤魔化せた。
・次に、警邏隊員は、自転車の登録を調べ、
 「修一」が乗っていたたのが「安西久子」の自転車だったので、
 他人の自転車に乗っていることを追及する。
 それに対して、
 「内縁の女房の自転車だ。」
 と答える。
 それを疑う警邏隊員に、「久子」へ電話させると、
 「久子」は、自分の夫と自分の自転車だと答え、
 警邏隊員は、ようやく納得する。
・その時、「久子」は、
 「うんと困ってるの。お願い、アパートに寄って。」
 と頼み、「修一」は、
 「近いうちに戻る。」
 と答える。

2)三沢玲子
・警察上がりの探偵が、「修一」を探し回って、
 「三沢玲子って30過ぎの女が、お前と会いたがっている」
 と伝えて来る。
・「三沢玲子」は、三郷警察署の署長の娘である。
・喫茶店で「三沢玲子」に会うと、
  〇「久子」が勤めている保育園で、
    経理が机の中に入れてた旅行積立の25万円が無くなった。
  〇みんなが調べられたが、とりわけ、「久子」は何度も事情聴取された。
    刑事は、「真壁修一」と「久子」の関係を知っているので、
    「修一」の状況も聞き出そうとしたのだろうが、
    みんなは、繰り返し調べられる「久子」を疑いだしてる。
 と言う。
・「三沢玲子」は、最後に、
 「久子と、ちゃんと籍を入れてあげてほしい。
  何か仕事を見付け、一緒に暮らして、一生、久子を離さないでほしい。」
 と訴える。

3)兄弟の会話
・頭の中に居る弟「啓二」が、兄「修一」に、
 「修兄ィは、何で泥棒やってるの?
  俺が泥棒やって捕まって、焼死したから、修兄ィも、
  泥棒やって、久子が着いて来れないようにする為だろう。」
 と尋ねるが、「修一」は、
 「俺の問題だ。お前には関係無い。」
 と突き放す。
・二人は、常に、こうして会話している。

4)「久子」との電話
・「修一」は、「久子」に電話し、
  「三沢玲子から、
   ”お前がデカになぶられ、園の連中に疑われている”
  と聞いた。」
 と伝える。
・「久子」は、
  「それは大丈夫。
   誰かさんの所為で鍛えられて強くなってるから。」
 と答える。
・そして、
  「園長の息子で保育園の事務長をしている人から、
   プロポーズされている。」
 と伝える。
・それに対して、「修一」は、
  「俺のことを話したのか?」
 と聞くと、「久子」は、
  「話した。あなたと別れてくれと言われた。」
 と答える。
・「修一」が、
  「プロポーズを受けるのか?」
 と聞くと、「久子」は、
  「その方が良い?」
 と聞き返す。
・それに対して、「修一」は、
  「この件が片付いたら、寄る。」
 と答える。

5)犯人の特定
・「修一」は、「久子」の勤めるうぐいす保育園に侵入し、
 外部からの盗難でないことを確認し、
 次に、「三沢玲子」の父親である警察署長に電話し、
  〇事務室のドアの窓ガラスに付着しているファンデーションと、
    娘の「玲子」の持ち物を照合してみろ。
  〇娘が探偵を雇って俺を探させていたが、
    探偵を雇うには大金が掛かる。
    しかし、娘「玲子」の貯金通帳では、大きな金の動きは無い。
    「玲子」は、盗んだ25万円から探偵を雇う金を出した。
 などと伝える。
・「玲子」の父親が、
  「娘に限って、そんなー」
 と言い返すのを受け、「修一」は、
  「昔、娘の部屋で、見慣れない物を見付け、
   持ち主にこっそり返させたことがあっただろう。」
  「娘が可愛いなら、
    ”金の紛失は、外部犯行と断定した。”
   と保育園の連中に伝えろ。」
  「デカには、
    ”二度と安西久子に近付くな。”
   ときつく命じろ。」
 と言い放った。
・「玲子」は、子どもの頃から、「久子」をひがみ、
 「久子」の持ち物を盗んだり隠したりすることが有ったのである。
・ややあって、「三沢玲子」が、ヒステリックに、
  「あんたが悪いんだ。久子をほっぽらかしにするから。」
  「久子も、熊川満彦(園長の息子で事務長)に色目を使って、
   満彦が久子に靡いて、あんたのことを満彦に話したら、
   久子が可哀想だと、ますます熱くなって。
   あんたが久子を放っておくから悪いんだ。」
 と叫ぶ。
・「修一」が、
  「園長の息子と、お前が抱き合っている写真が有った。」
 と伝えると、「玲子」は、
  「私、満彦のこと絶対諦めないから。
   お腹の中に、満彦の子が居るの。」
 と、涙声で伝える。

6)抱擁 修一と啓二と久子
・「修一」は、「久子」住むアパートを訪ね、
  〇園長の息子のプロポーズは断れ。
  〇三沢玲子とは縁を切れ。
 と伝える。
・「久子」は、
  〇母親から、お見合いを勧められている。
  〇34歳になるし、どうにもならない。
  〇泥棒を止めて、普通に仕事して、普通に暮らして。
 と訴える。
・「修一」が、
  「普通とか平凡とか、世間が言うほど大したことじゃない。」
 と返すと、「久子」は、
  「啓ちゃんが生きてたら、あなたのことぶつと思う。」
 と言い、それを聞いた「修一」は、ドアに向かう。
・「久子」が追い掛けて来て、細い腕で「修一」を後ろから抱きしめる。
 そして、
  「教えて。
   二人とも愛せば良かったの?
   あなたも啓ちゃんも。
   そんなこと出来ないよ。心を二つに割るなんて。」
  「お願い。啓ちゃんのことは忘れて。お願いだから。」
 と涙を流す。
・体に絡みつく細い手をゆっくり解き、「修一」と「啓二」は部屋を出た。
・耳の中で、「啓二」が、
  「戻ってよォ、修兄ィ、お願いだから戻ってよォ。
   俺、消えるから。父さんと母さんのとこに行くからァ。」
 と叫び続ける。