2016年(第15回)「このミステリーがすごい」大賞受賞
「がん消滅の罠」の粗筋とネタバレ


 「将来は、死因の半分が「ガン」になる」
と言われているほど、ガンでの死亡が増えている。
 その原因は、食生活、公害とかによる環境悪化などだろう。
 全て、人間の責任なので、仕方が無いんだが。


 そんな現状なので、「ガン」に関わる犯罪も増えて来る。
 人の不幸に付け込む、頭の回る奴や人でなしが、暗躍するのだ。


 今回の小説は、かなり複雑で、単純に人を騙すだけの内容ではない。
 それを紹介しようと思う。


 なお、
・ガンなどの症状が、一時的あるいは継続的に軽減した状態を「寛解」、
・ガンの症状が無くなり、検査の数値も正常を示す状態を「完全寛解」、
という。



<主な登場人物>
〇夏目 典明 :日本がんセンター研究所勤務、優秀な臨床医。
〇羽島 悠馬 :同じ勤務、優秀な分析医。
〇森川     :夏目や羽島の同級生だったが、医師にはならず、
          「大日本生命」に勤務し、保険金の支払い査定をしている。
〇西條征士郎:元東都大学腫瘍内科講座教授。
〇宇垣 玲奈 :湾岸医療センター病院の臨床医。


<西條先生>
〇2006年9月。
〇「夏目」は、医学部卒業後、病院勤務で初期臨床研修を行ない、
 博士号取得を目指し、「西條」先生の研究室に入った。
〇最初、「西條」先生は拒否していたが、「夏目」の熱意に負け、
 受け入れてくれた。
 しかし、「夏目」以降は、学生を受け入れていない。
〇その「西條」先生が、大学の教授を辞めると言う。
 そして、理由を聞く「夏目」に、
 「医師には出来ず、医師でなければ出来ず、
  どんな医師でも成し遂げられなかったことをするため」

 と答える。


<宗教法人の罠>
〇10年後の、2016年8月。
〇「夏目」が受け持った末期のガン患者が、治療を拒否し、退院し、
 怪しげな宗教法人の販売している健康食品を食べて、
 ガンが完全寛解(かんかい=治癒)したと言う。
〇その宗教法人は、
 天下の「がんセンター」の有名な「夏目」教授が、
 末期がんと認定した患者が、
 自然食品で治癒したと、宣伝に利用する。
〇「夏目」が理解に苦しんでいる時、
 優秀な分析医の「羽島」が、そのからくりを解明する。
〇そのからくりとは、
  一卵性双生児の姉は、本当に末期がんになったので、
  生命保険の生前支給を受け、退院、
  その後、健康である妹のCT画像を撮影し、
   「自然食品の力で治癒した」
  とPRした。
 と言うものであった。
〇「羽島」は、
  ”天下のがんセンターの夏目大先生が提案した、
    抗がん剤治療を拒否し、自然食品で治癒した。”
 と宣伝に利用された、と笑う。


<ガン完全寛解の連続>
〇妊娠中に、夫の持って帰って来た「風疹」に感染し、
 生まれて来た娘が難聴と心臓病を患っている、
 「小暮麻里」と言う名の32歳の女性が、「夏目」の患者になった。
〇この女性は、肺腺ガンで、肺の中に転移が有り、
 手術も不可能で、余命半年と、「夏目」は判断した。
〇そこで、延命を目的に作られた新薬を提案する。
〇「小暮麻里」は、それを受け入れ、
 がんの宣告が有ったら、生前中に保険金が貰える、
 「リビングニーズ」特約保険の給付が貰えるようにしてほしいと
 「夏目」に頼む。
〇そして、「小暮麻里」が、3千5百万円の保険金を受け取った後、
 ガンが完全寛解する。
〇何らかの不正が有ったのではないかと疑いを持った、
 「森川」や部下などが「小暮麻里」の家を訪問するが、
 何の不審も無く、逆に、「小暮麻里」は、
  ”夏目先生の勧めてくれた新薬の治療のお陰”
 と感謝するのであった。
〇ただ、「小暮麻里」の話の中に、
  ”娘は湾岸医療センター病院でお世話になって来てて、
   自分もアレルギー性鼻炎の治療を、
   循環器の先生から勧められ、治療を受けて来た。”
  ”職場の集団健診で、肺に影が有ることが分かり、
   湾岸医療センター病院から保険に入るよう勧められた。
  ”今、働いている会社の社長も、ガンから完全寛解した人で、
   同じ境遇の私を、湾岸医療センター病院が紹介してくれ、
   正社員として雇ってくれた。”
 と言う。   
〇加えて、「夏目」が関わったガン患者で、寛解した人が、
 他にも3人も居ると判明。
〇森川が、その話を「夏目」にすると、「夏目」は、
  ”湾岸医療センター病院で初期の肺腺ガンの手術を受け、
   転移したので日本がんセンターに来たが、
   治療に納得せず、湾岸医療センター病院に戻った人が居た。
   その人は、堅気ではない感じの人だった。”
 と答える。
〇そこで、
 「湾岸医療センター病院が、強力な治療法を開拓し、
 こっそりと治療しているのではないか?」
 などと話し合う。
〇湾岸医療センター病院の話が続くので、ホームページを調べたら、
 運営母体の理事長が、何と「西條」先生だったので、一同は驚愕した。


<湾岸医療センター病院の謎>
〇「湾岸医療センター病院」を調べていく内に、
 この病院は、ガン治療の効果が高いことでは名前が売れていて、
 力を持った政治家や財界関係者、官僚などの、
 高額医療費を払える人が患者として殺到していることが分かる。
〇また、手術を受けた患者に、
 異常な倍率で、ガンの再発と転移が起きていることが判明する。
 しかも、再発や転移する患者は、
 金持ちや社会的影響力の大きい患者に多かったのである。
〇そこで、「夏目」や「羽島」、「森川」たちは、
 「湾岸医療センター病院は、優れたガン検診技術を使い、
  初期のガンを見付け、手術で取り除き、培養して増やし、
  治療薬を試して、効果が有る治療薬を見付け、
  その後、培養したガンを患者に戻し、再発や転移したと告げ、
  効果の有る治療薬を投与して、寛解させ、
  高額な治療費を稼いでいるのではないか?」
 と推測する。


<湾岸医療センター病院の犯罪>
〇厚生労働省所管の独立行政法人「総合医薬品医療機器機構」に勤める
 「柳沢昌志」は、新薬の承認に関わる仕事をしていて、業績も挙げているが、
 ガンドッグで、肺の影が発見され、湾岸医療センター病院に来た。
〇そして、初期の肺腺ガンと診断され、手術を受ける。
〇手術は成功したのに、何故か、転移が起きる。
〇そして、主治医の「宇垣玲奈」ドクターから、
  「治療の継続を望むなら、新薬の承認に関する改善をしてほしい。」
 と交換条件の脅迫を受け、一ヶ月の判断猶予を与えられる。
〇「柳沢」は、日本がんセンターを訪ね、「夏目」と「羽島」に会い、
 湾岸医療センター病院の犯罪を聞かされ、戦う決意をする。
〇しかし、「夏目」たちが、
 「柳沢」の体からがん細胞を採取し、あらゆる抗がん剤を試すが、
 有効な物は見付からず、そのことを「柳沢」に伝えると、
 「柳沢」は激怒し、湾岸医療センター病院に戻って行く。


<夏目たちの挫折と西條先生の犯罪>
〇湾岸医療センター病院の治療や関りを持った人たちは、
 「柳沢」のガンは抑えられてたし、
 堅気ではなさそうな「榊原」も、末期のガンなのに完全寛解しているし、
 「小暮麻里」を初めとする4人も完全寛解している事実が有る。
〇湾岸医療センター病院が何を行なっているのか、それが掴めず、
 「夏目」たちは悩む。
〇そんな中、湾岸医療センター病院で肺腺ガンの手術を受けたが、再発し、
 日本がんセンターに転院し、「夏目」の治療を受けながら、
 再び湾岸医療センター病院に戻り、完全寛解した「榊原」に会う。
 「榊原」は、暴力団の会長だが、「夏目」に、
 「西條先生から、
  ”貴方が夏目君と会うことが有ったら、貴方なりの方法で、
   夏目君に警告してください。”
  と言われている。」
 「私は、この世に悪魔が居ることを、初めて知りました。
  西條先生は、悪魔だ。
  高い知性と、豊富な医学知識、合理的に物事を進める強い意志。
  あれは悪魔だ。違うとしても、それに近い何かだ。」
 と告げる。


<西條先生との対決と人道的な罠の解明>
〇夏目」は、湾岸医療センター病院の患者用メールアドレスに、
  「小暮麻里の件で話が有る」
 とメールしておいたら、「西條先生」からの連絡が有り、
  「宴席で一献やりながら話をしよう。」
 と提案される。
 そして、「羽島」も連れて来るよう言われ、「羽島」も、
  「僕が居た方が心強いだろう。」
 と参加を同意する。
〇待ち合わせの浦安駅に迎えに来た「宇垣玲奈」に案内され、
 屋形船に乗せられる。
〇屋形船の中で、「西條」先生と対峙した「夏目」と「羽島」は、
 「小暮麻里」など、経済的に苦しんでいる人たちを救おうとした
 「西條」先生の手法を話し、「西條」先生が認めるのを待つ。
〇その手法は、
  ・湾岸医療センターでアレルギー性鼻炎の治療を受けている
   「小暮麻里」が、障害の有る娘を育てていると知り、
   救済してやろうと考え、先ず、がん保険に入らせる。
  ・そして、アレルギーの治療薬と偽り、強力な免疫抑制剤を打つ。
  ・その後、他人のガンを注射で「小暮麻里」の体内に送り込み、
   ガンを発生させる。
   強力な免疫抑制剤の所為で、拒否反応は起きず、ガンが成長。
  ・「小暮麻里」がリビングニーズ特約の3千5百万円を受け取ったら、
   免疫抑制剤の効力を止めると、今まで働かなかった免疫力が、
   爆発的に動き出し、他人のガンを侵入者とみなし、総攻撃し、
   あっという間に、ガンを殺してしまう。
 これは、自分の細胞から生まれたガンでは出来ない罠だったのだ。
〇また、「夏目」にガン治療の方法を決めさせた後の、
  具体的な抗がん剤投与は、患者たちの通い易い病院等に転院させ、
  受けさせることで、「夏目」たちの目から逃れさせるようにしていたのだ。
〇「夏目」たちが、
   「そんな大変な手間を掛けずに、直接お金を渡せば良かったのでは?」
 と聞くと、「西條」先生は、
   「それでは、魂は救済出来ません。
    一度、死の淵から蘇った人間の魂は、輝くのです。
    夏目君が担当し、その後、転院して行った4人は、
    今、充実した人生を送っています。
    経済的支援だけでは、あれほどまで人生は輝かないのです。」
 と答える。


<西條先生の個人的な苦しみ>
〇「小暮麻里」たちの例は解明したが、「柳沢」たちに仕掛けた罠は謎だ。
〇しかし、「西條」先生は、別の話をする。
  と言うのも、「西條」先生が、ジャケットから出した古い写真を見て、
  「羽島」は驚き、
   「どうして彼女の写真を? 彼女は今どこで何をしているんです?」
  と叫ぶ。
〇それに対して、「西條」先生は、
   「彼女は、亡くなった私の娘の恵理香です。」
  と答える。
〇「西條」先生の娘「恵理香」は、
   ・「羽島」が、父の大学の医学生と知り、気を使ったのか、
    「上条由里子」と偽名を名乗り、「羽島」と交際する。
   ・「羽島」の子どもを妊娠したが、異常妊娠を起こし、
    卵子の情報が抜け落ち、精子の情報だけで細胞分裂した
    「全胞状奇胎」になり、それが繊毛ガンを起こしてしまった。
   ・「由里子=恵理香」は、自分がガンで死亡することを予見し、
     ”好きな人が出来ました。ごめんなさい。”
    との手紙を残し、姿を消し、ガンで死亡した。
  のである。
〇「西條」先生が、
   「羽島」が「恵理香」を殺した犯人ではないかと気付いたのは、
   「夏目」や「羽島」のデータを集めている時に、
   「羽島」のフェースブックに、「恵理香」の好きだった
   クレーの絵が使われていたから。
 である。
〇「恵理香」は、自分の死の原因になった「羽島」を庇う為、
  父の「西條」には、
   ”知らない人に乱暴された。”
  と言っており、「西條」は、娘のガン細胞を譲り受け、
  ガン細胞のDNAを解析し、そのDNAを持つ犯人捜しを続たのである。
〇「西條」先生は、「羽島」に、
   ”娘が幸せだったとは思えないが、少なくとも、
    娘の死は、愛によるものだったんですね。”
  と言い、「羽島」は慟哭する。


<西條先生の死>
〇「西條」先生や「夏目」や「羽島」が屋台船から降り、歩き出し、
  ワゴン車の横を通り過ぎた時、
   ・ワゴン車のドアが開き、
   ・それと同時に、男が「西條」先生を刃物で襲い、
   ・ワゴン車の中に連れ込んで去って行く。
   ・その後には、刺された「西條」先生の血液が散らばっていた。
〇警察やメディアや世間は、
  「ガン治療に失敗した恨みの犯行」
  とし、自首して来た人間も、そう自供した。
  警察が、散らばっていた血液と、「恵理香」のガン細胞を比較すると、
  DNAで親子関係であることが証明され、「西條」先生の死が確定する。
〇しかし、目の前で「西條」先生が襲われるのを見てた「夏目」には、
  襲撃が計画されたプロの仕業としか思えなかったし、
  他の深く事情を知る者たちは、
   ”「西條」先生が自ら作り上げた組織に抹殺された”
 と思うのだった。


<驚愕の真実 がん寛解の理由>
〇蓼科に建てられた別荘で、湾岸医療センター病院の「佐伯」外科部長が、
  「宇垣玲奈」ドクターと、
   ”免疫抑制剤を用いたがん寛解の謎を解いたと言うことで、
    夏目たちは、全くの無能ではない”
   ”しかし、「出来レース仮設」には笑ってしまった。”
   ”初期のガンを取り出して、培養し、患者に戻すまでは合っている。
    だが、培養のガン細胞に合う抗がん剤をテストするなんて、
    面倒で不確実なことを、我々がするわけが無いのに。”
  と笑い合っていた。
〇湾岸医療センター病院のがん寛解の技術とは、
  ・患者から、初期のガン細胞を取り出し、
  ・遺伝子組み換えで作られたガン自殺装置を組み込み、体内に戻し、
  ・時機を見て、自殺装置が働くスイッチとなる「ポナステロンA」と言う
   昆虫のホルモンに似た化学物質を体内に送り込んで、
   ガン細胞に自殺させていた。
 のである。
〇そして、
  ・「小暮麻里」たちのように、経済的な救済をしてやりたい患者には、
   免疫抑制剤を用いたがん寛解を行ない、
  ・政財界の実力者などを思い通りに動かせるようにする為のがん寛解では、
   ガン細胞自殺装置を使う、
 と言うように、使い分けていたのである。


<驚愕の真実 生きていた西條先生>
〇蓼科の別荘で、「宇垣玲奈」ドクターは、
  「西條」先生が、自分と出会った時に話してくれた秘密を回想する。
  それは、
   ・自分は、若い頃、無精子症で子どもが生まれない夫婦に、
    精子を提供していた。
    勿論、その夫婦が何処の誰かは分からなかった。
   ・娘の「恵理香」がガンで死んだ時、DNAを採取し、
    相手の男のDNAを調べると共に、自分のDNAと比べたら、
    「恵理香」が自分の子どもでないことを知る。
   ・妻は、夫が精子提供し、
    自分の子でないものが存在することが許せなかったのか、
    「西條」に似ていて、血液型も同じの男と不倫をし、
    「恵理香」を産んだ。
   ・「西條」は、不倫相手を探し、大学の事務局長をしている男を見付け、
    DNAを調べた結果、「恵理香」のDNAと一致した。
   ・「西條」は、がん寛解で言うことを聞かせるようになった
    暴力団会長「榊原」を使い、事務局長を監禁。
   ・自殺装置を組み込んだガン細胞を植え付け、ガンに罹らせて、
    自殺装置を発動させ、ガンを寛解させ、
    を何度も繰り返す拷問を続けたのである。
   ・結果、最初は、不倫を認め、謝罪し、
     ”命だけは助けてほしい”
    と言っていた事務局長が、最後は、
     ”殺してほしい。”
    と言うようにさせるほど過酷な拷問だった。
   ・その拷問を傍で見ていたのが「榊原」で、「榊原」が、
     ”西條先生は悪魔だ。”
    と言った理由がその拷問であった。
  と言うことである。
〇そこに、「西條」先生が現れ、
   「おはようございます。今日も良い天気ですねえ。」
 と言うのに対して、「宇垣玲奈」ドクターは、
   「おはようございます。良い天気ですねえ。お父さん。」
 と返す。
 「宇垣玲奈」は、「西條」の精子提供で生まれた子どもだったのだ。
〇「西條」が殺されたように見せ掛けたのは、「榊原」の子分の芝居で、
  襲われた時に捲かれた血液は、事務局長の血液で、
  後日見付かったバラバラの遺体も事務局長の物で、
  「恵理香」のがん細胞のDNAと事務局長のDNAが一致したので、
  警察は、「恵理香」と「西條」が親子と思い込んでいるため、
  遺体は「西條」の物と判断したのである。

 こうして、「西條」先生の描く、新薬承認システムの改善は継続していくのである。


 最後まで読んでくださり、有り難うございました。

 因みに、この小説に書かれている「がん寛解のシステム」は、あくまでも小説の中のことで、確立されておりませんことを、念の為、書いておきます。